消費者の権利としての言語 – インドの場合

消費者の権利としての言語 – インドの場合

消費者の権利としての言語 – インドの場合

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少し前に書いた記事(英語)で、企業がインドにおける多言語対応をないがしろにしているために、大きなチャンスを逃しているかもしれない現状について触れました。グローバル企業に注目され続ける市場であり、シリコンバレーの投資家たちの熱いまなざしを集めるスタートアップがひしめくインドにおいて、英語のみ、または1つ、2つの言語でしかリーチできていないのは、もったいない話です。この記事に対し、ある読者から「顧客が何を求めているか、企業がわかっていないということはないでしょう。市場調査の結果、ローカル言語への対応が必要ないと判断したのでは?」とのコメントが寄せられました。

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本当にそうなのでしょうか。数多くの言語と方言があるインドで、ローカリゼーションは本当に不要なのでしょうか。インドの企業がローカル言語に対応していないのは、ニーズがないことがわかっているからなのでしょうか。あるいは単純に、現実を目の前に突きつけられていないために軽視しているだけなのでは?

翻訳とローカリゼーションの現状

1990年代の終わりごろから、インドでは多言語のテレビ広告が放映されるようになりました。キャッチコピーがヒンディー語や英語からローカル言語に翻訳されましたが、あまりの直訳に見ている方が恥ずかしいやらおかしいやらという有様。それ以降も宣伝文はローカル言語に翻訳されているものの、「翻訳」とマーケティングローカリゼーション」やトランスクリエーション」との違いを広告代理店が理解することはなく、赤面ものの翻訳を見ることはなくなったという良い知らせは残念ながらまだ私のもとには届いていません。

昨今のインドでは、印刷物、ラジオ、テレビの広告はローカル言語に翻訳され、多言語のカスタマーサポートセンターも登場しています。ところが驚くことに、多言語化の波はここでストップしてしまっているのです。ウェブサイトや製品情報、契約書、申し込み用紙やフォーム、ユーザーガイドなど、提供されるコンテンツがことごとく翻訳されていません。つまり、入り口である広告はローカル言語で呼びかけているのに、中に入ると「約束が違う!」ということになっているのが現状です。

消費者が製品で使用する言語の選択肢は1つか、多くても2つ(たいていはヒンディー語)です。これでは、すべてのユーザーに適切なサービスが提供されているとは言えず、公平性に欠けると言わざるを得ません。実際、インドの消費者からは、各言語のサポートを求める声がますます大きくなってきています。

 

一歩ずつ、確実に変化

Moraviaでは、カンナダ語、マラーティー語、タミル語でのサポートを求めて活動する3つのグループのメンバーにインタビューを行いました。インタビューでは、さまざまな分野について、消費者の声やグループの活動を通じて改善されたローカル言語対応の現状を聞くことができました。

銀行、金融サービス

インド最大の民間銀行のひとつであるHDFC銀行では、バンガロールに拠点を置く活動グループ、Kannada Grahakara Koota(カンナダ消費者フォーラム、KGK)による根気強いツイートや要請を受けて、ATMや自動音声応答サービスでのカンナダ語のサポートを実現させました。Twitterアカウント(@KannadaGrahaka)やAngadiyalli Kannada Nudi (「店舗でカンナダ語を」の意味)というFacebookページを通じた呼びかけにより、勝ち取った成果です。

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人々の要望や複数の市民グループによる活動の結果、HDFC銀行のATMではカンナダ語に対応するようになった。カンナダ語はインド第3の言語。

2012年にインドの銀行における言語サポートを調査していた際には、上位10行のうち8行のATMで多言語のサービスがすでに提供されていました。それだけに、HDFC銀行の対応の遅さに驚きを覚えたものです。

KGKはシティバンクにも働きかけ、カルナータカ州の支店において各種申込用紙のカンナダ語化を実現しました。Marathi Bola Chaluval(マラーティー語普及活動)のコーディネーターであるVishal Navekar氏にもお話を伺いました。このグループは、マハーラーシュトラ州にある各銀行の地域責任者に定期的に働きかけ、マラーティー語で申込用紙や文書を用意するよう求めていると話してくれました。これまでの銀行側からの反応はさまざまのようです。多くの場合は、責任者レベルで理解を得ることができ、マラーティー語に対応するよう各支店に通達されるものの、支店レベルでは対応してもらえないこともあります。このような場合は、Navekar氏のグループが支店の問題を報告し、グループとの合意をしっかりと守るよう要請するということです。

インドの政府系銀行の文書は、すべてではないもののローカル言語で作成されています。しかし、これは法律によって定められたものではないため、どの金融機関でもローカル言語でサービスを利用できるというわけではありません。

この夏、インド証券取引委員会は、証券に関するすべての文書、開示情報、その他の情報やコンテンツをインドで使用される15の言語で用意するよう通達しました。インドの中央銀行、インド準備銀行で同様の指令が下されるのも時間の問題です。

エンターテイメント

Chintu TVは、カンナダ語で子供向けの番組を放送している唯一のチャンネルです。しかし、このチャンネルはカルナータカ州の主なDTH(直接衛星放送)事業者では扱われていませんでした。KGKは、視聴を要望する600人を超えるオンライン署名が集まったのを受け、Chintu(「小さな仲間」の意)の放送開始を働きかけました。その結果、今では幅広い人気を博すチャンネルになったのです。実は、わたしの娘もChintu TVの番組を楽しんでいます。

Spotifyはインドではまだサービス提供を開始していませんが、カンナダ語の音楽ファンの熱い思いに応え、1000曲を超えるカンナダ語の楽曲を配信しています。要望があがるまでは、カンナダ語の楽曲はゼロでした。

旅行、ホスピタリティ

ブリティッシュエアウェイズの機内アナウンスや、ヒースロー空港でのバンガロール発着便のフライトアナウンスは、現在カンナダ語で行われています。これもKGKの尽力によるものです。

eコマース

Amazonは、ヒンディー語から直訳された広告やキャッチコピーはバンガロールでは響かないことを、多くのツイートやFacebookページの投稿から知りました。そこで、ヒンディー語の「Try Toh Kar(まずはお試しください)」を、カンナダ語では「Namma Angadi(私たちの店)」という表現に変えたのです。また、カンナダ語専用のストアも公開しました。Amazonにおけるこうした動きは、まずはディスプレイ広告とeコマースからローカライズするという、広告プラットフォーム業界のエグゼクティブが語った2015年のトレンドとも合致しています。

KGKは、今年3月15日の「世界消費者権利の日」に、ハッシュタグ#ServeInMyLanguageを用いたTwitterキャンペーンを行いました。グループ代表のJayanth Siddmallappa氏は、同キャンペーンはカルナータカ州政府やインド全域の人々の注目を集めたと言います。

すべてを挙げることはできませんが、同様の変化はたくさん起きています。たとえば、カンナダ語は現在サムソンのUI(ユーザーインターフェース)の翻訳対象言語となっており、WhatsAppのクラウドソーシング翻訳プロジェクトの対象言語にもなっています。Promote Linguistic Equality(言語不平等の解消を目指すディスカッショングループ)のHimakiran Anugula氏は、同グループがタミル・ナードゥ州の裁判所に対し、あらゆる文書でタミル語を使用するよう求めてきた運動について語ってくれました。

ここから読み取れること

インドは急速に変化しており、他のあらゆる新興国と同様に、強いアイデンティティとプライドを持ち始めています。インド国産の携帯電話メーカーMicromaxの広告が幅広い人気を得ていますが、この広告には、インドのさまざまな言語を若者たちが「イケてる」ものとして誇る気持ちと同時に、「Angrezipanti」(英国びいき)を「イケてない」と思う気持ちが表現されているようです。

インドのように複雑で競争の激しい国では、言語がバリアにならないようにすることが重要です。最初は大きな投資や労力が必要になりますが、言語はインドというパズルを解き明かすうえで比較的簡単にハマるピースなのです。

英語は思っているほど受け入れられていない

英語の習熟度が高いインド人が多いことは事実です。その割合はおよそ10%~30%であると言われており、多くは都市部の人たちです。もちろん、どの程度英語ができるのかも、人それぞれ。主要都市の成長が鈍化するなか、今後は地方や郊外に住む消費者のニーズをつかみ、対応していくことが重要になります。

かつて、この取り組みを実際に行ったのがNokiaでした。主要都市が急速な発展を遂げている最中、ただUIを翻訳するだけではなく、懐中電灯や防塵機能付きの携帯電話、インド言語のキーパッドなど、製品そのものもローカライズしたのです。インドの人々はこうした機能に好感を持ち、今でもNokiaに良い印象を抱いています。

インドにおける英語の普及は、受け入れざるを得なかった結果であることを正しく理解していたのは、皮肉なことにインド国外の企業でした。翻訳の必要性について強く説く必要があるのは、大抵インドの企業であるとAnugula氏も述べています。

Google、Facebook、Microsoftといった企業はいずれも、インドの各言語に熱心に対応してきました。その対価として、彼らが得たものは何でしょうか。各社のローカライズの成果を指標として示すことは私にはできませんが、これらの企業の製品を聞いたことも使ったこともないというインドの消費者を見つけることは難しいでしょう。また、これらの製品を「インド向けではない」と認識している人もいないと思われます。ローカリゼーションは、企業への信頼やロイヤリティを高めるうえできわめて大きな役割を果たしているのです。

ヒンディー語はオールマイティの切り札ではない

実のところ、ヒンディー語は国内の多くの地域でほとんど話されていません。ヒンディー語のみを頼りにローカリゼーションを進めると、反発を招くこともあります。EU各国のマーケティング担当者にとって、各地域におけるマーケティングは現地の言葉でというのは当たり前のことですが、インドではなぜか、翻訳と言えばヒンディー語で事足りると思われがちです。多くの企業はローカル言語話者の購買力を疑問視しているようですが、これはヒンディー語だけでいいという主張のための言い訳のようにも思えます。

冷静な戦略と準備

インド向けのローカリゼーションは大きな挑戦のように思われるかもしれませんが、慎重に戦略を立てれば、必ずしも大変ではありません。まず、自社の取り扱い品目がすでに大きな市場を生み出している州や地域、あるいは、これから大きな市場を生み出したいと考えている州や地域を選定します。次に、対象地域における主な言語を選びます。たとえば、ヒンディー語は北部の人口の多い10州で、または最大4億2200万人に使われていますが、南部ではタミル語、カンナダ語、テルグ語、マラヤーラム語の4言語が主に使われており、これらの言語の話者は2億5200万人にのぼります。他にもマラーティー語、ベンガル語、グジャラート語といった言語が対象として考えられます。

大切なのはスピード感

議論すべきは、インドでローカライズが必要かどうかではなく、どうローカライズするかです。必要かどうかを検討している時点で、すでに後れを取っていると思った方がよいでしょう。インドでは、 多言語化に向けて取り組んでいる企業が活況を呈しており、インド人のデジタルライフをより便利にするローカル言語のコンテンツなどのサービスを提供しています。今後の翻訳需要を測る上でも、こうした企業の動向には注意を払う必要があります。

製品をローカライズした経験のある企業であれば、プロセスやテクノロジーについて多少なりとも知識はあることでしょう。ところが、インドでローカリゼーションを必要とする新興企業の多くは、十分なノウハウを持ち合わせていません。こうした企業にとってローカリゼーションは困難な業務であり、余計なコストとしか思えないかもしれません。ローカリゼーションプログラムの立ち上げは、経営陣がその必要性を明確に示し、十分な予算を確保するところから始める必要があります。

ローカリゼーションサービスの一元化調達テクノロジーの選定など、考えるべきことは多岐にわたります。また、適切なリソースの発掘など、新興市場でのローカリゼーションには困難も伴います。始めるなら、今すぐ始めましょう。言語の課題をクリアすれば、音声対応サービスやパーソナライゼーションなど、エクスペリエンスを高める価値の高い取り組みも可能になります。

ランゲージサービスプロバイダーやEUから学ぶこと

インドは、同じ多言語、多文化社会であるEUの企業から学ぶことができます。アプリのUIでスペースや書式の問題をどうするか、1つのラベルに言語をいくつ表示するかなど、ローカリゼーションをはじめたばかりの企業が迷う要素は多くあります。ランゲージサービスプロバイダー(LSP)とのパートナーシップにより、こうした問題への対応や、適切なリソースの確保が容易になります。

英語のみで事足りる場面は、ごく限られていると思った方がよいでしょう。英語が一切通用しないというシナリオも十分に考えられます。刻一刻と変わる状況に、柔軟に対応できるようにすることが重要です。明日までにインドの各言語の翻訳が必要だ!ということも、ないとも言い切れないのですから。

現時点で、インドのローカル言語対応を消費者の権利として要求している人はわずかかもしれません。しかし、先に例を挙げたように、主要企業は前向きに対応することを選んでいます。翻訳へのニーズはもはや潜在的なものでも、まだ結果が出ていない予測として捉えるべきものでもなく、今そこにある現実なのです。

 

[ヴィジャヤラクシュミ・へグデ による原文へ] [編集: MLS] [o/o-i]

 

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