さようなら、いままで魚をありがとう
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さようなら、いままで魚をありがとう

さようなら、いままで魚をありがとう

Translation in Science Fiction

言葉というものは、SF作家にとっても悩みの種に違いありません。実在する人間の言語であっても様相を把握するのは厄介だというのに、フィクションであっても異世界言語を一から創出するのはやはり難題でしょう。

今回の記事では、SFで言語がどのように使われているか、どう描かれてきたかを振り返ります。言語がどんな役割を果たしているのか、それが翻訳に関する一般的な認識にどう影響しているかを考えてみましょう。

言語の必要性は大前提

異世界の生命体を描くSFでは、登場人物たちがコミュニケーションを交わす手段として、なんらかの言語も設定されるのが定番です。その言語は、やはり単語で成り立っており、その点に限っては、人間の言語と似通っています。キャラクターが、黙ってものごとを察知するということはありません。そんな超知性の持ち主が登場することもありますが、ほとんどの場合、コミュニケーションは必須のものとされ、言語が存在することになります。

異色の映画『メッセージ』

映画『メッセージ』では、エイリアンが主に記号のようなもの、彼らにとっての文字を通じてコミュニケーションをはかります。意味不明な発声や、うなり声もありますが、言語学者の視点で注目されるのは、やはり書かれる言葉です。

劇中のコミュニケーション方法は人間の言語とまったく異質で、「エイリアン」らしさがいっそう強調されています。異世界の言語が使われたこれまでのSFと違うのは、『メッセージ』で活躍する言語学チームに、言語学者だけではなく、デザイナーや科学コンサルタントも参加していることです。

この映画は、「人の思考や現実認識は、話す言語によって規定される」という『サピア=ウォーフの仮説』を下敷きにしています。言語学の世界で多くの支持を集めているとは言い難い説ですが、大作映画が大きく取り上げたというのは、SFに限らず、映画における言語の扱いを考えるうえで画期的な出来事でしょう。

しかも、エイリアンを迎える最初のコンタクトチームを言語学者が率いるという設定で、『メッセージ』は通訳・翻訳者の重要性をクローズアップしました。日々、世界の仲立ちを務める通訳・翻訳者がいるからこそ、人間の言語は私たちにとって異質なものではなくなっているのです。

人工言語もいろいろ

SFの世界で創られてきた言語のなかでも、完全に構築されたものはあまり多くありません。映画『スター・ウォーズ』シリーズの言語も、まがいものと批判されています。「リアル」なエイリアン言語ではないというのです(「リアル」な、というのがどんな意味なのかは、ひとまずおくとして)。こうした人工言語では、脚本で必要になる範囲の語彙しか使わないのが普通ですから、フィクション世界の外に実在するものではない、というわけです。

人工言語のなかで群を抜いた存在と目されるのは、クリンゴン語でしょう。専門の言語研究所や認定の言語学習プログラムまであり、母語としてクリンゴン語を話すように子どもを育てようと試みた人もいたほどです。Bing翻訳のサイトでは言語の選択肢として採用され、クリンゴン語が著作権の保護対象になるかどうかという法律上の論争まで巻き起こっています。SF上の「リアル」な言語という点では、あらゆる特性を備えていると言えそうです。

クリンゴン語を創った言語学者のマーク・オークランド氏が、当時のことをこちらのビデオで語っています。氏によると、クリンゴン語が誕生したのは、『スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!』ではなく、『スタートレックII カーンの逆襲』のときでした。氏が映画のために創った最初の言葉は、すでに英語で撮影が終わっている場面のものだったそうです。そのため、音声が英語に近い言葉、つまりスクリーンに出てくるクリンゴン人の口の動きに無理なく合う言葉を選ばなくてはなりませんでした。

クリンゴン語では、異質さを際立たせるために人間の言語の常識を破った、とオークランド氏は話しています。たとえば、語順です。人間の言語で多いのは「主語-動詞-目的語」だということで、クリンゴン語では「目的語-動詞-主語」の順に変えました。また、人間の言語ではあまりいっしょに使われない音を組み合わせて使ったり、その逆にしたりしています。たとえば「v」音がある言語には「f」音もありますが、クリンゴン語には存在しないのだといいます。

映画のために創作された独自の言語といえば、ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』で使われたナヴィ語もあります。ナヴィ語も、当初は限られた目的で始まりましたが、創作者であるポール・フロマー氏は、ファンに使ってもらおうと、その後も創作を続け、歌や文法、資料までできました。

たった1語で有名になった言語も

クリンゴン語ほどの知名度は得られなかったものの、現実の言語にとり入れられて、恒久的に有名になった例があります。

ロバート・A・ハインラインの『異星の客』で使われた「grok」という単語は、もとのストーリーからひとり歩きして、現実に使われる単語として定着しました。のみならず、意味的に深い理解の概念さえ含蓄するようになっています。英語に翻訳すると、「理解する」、「愛する」、「飲む」、「一体化する」などの意味を同時に表すからです(この単語は、もともとは火星語で、主人公は成長とともにgrokを理解していきます)。

宮崎駿作、アニメーション映画『天空の城ラピュタ』で、主人公のパズーとシータが「バルス!」と唱えるとどうなるのか、もうみなさんもよくご存じでしょう。言葉が、まさに大きな影響力を持つという格好の例です。

ダグラス・アダムズは、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のなかで、純粋な科学用語と独自の造語を混ぜ合わせ、科学と擬似科学の、類を見ない融合をなし遂げました。今では当たり前になった「サイバー」という接頭辞を、早くから使っていたのもアダムズです。『オックスフォード英語辞典(OED)』では、「サイバーキュービクル(cybercubicle)」という造語や、ロボットを意味する「サイバーノート(cybernaut)」を使った例として引用されています。また、アダムズが作った架空の企業名「Sirius Cybernetics Corporation」も、「サイバネティクス(cybernetics)」の初期の例としてOEDに載っています。

多言語対応も、SFの世界では当たり前

『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場するバベルフィッシュにしても、「スター・ウォーズ」のC-3POや、マーベル・コミックのサイファーにしても、印象的なキャラクターはみな、バイリンガルどころではありません。C-3POは600万の言語を操ります。バベルフィッシュを耳に入れれば、全宇宙のあらゆる言語がわかるようになります。

こうした夢のような多言語対応には、言語の壁に阻害されることなく知識を追い求めたいという人間の普遍的な欲求が表れています。汎用的な即時の翻訳という概念が、一般の人の想像力を魅了するのも、同じ理由かもしれません。翻訳というのは、ボタンひとつで瞬時に、効率的に実行されるべきものなのです。それ以上の手間は、歓迎されません。

通訳・翻訳の課題も明らかに

『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、主人公のアーサー・デントがなにげなく口にした、「ぼくは生き方に難儀している気がする」というひと言が、ヴラハーグ族にとって想像を超える最悪の侮辱として翻訳されてしまいます。そもそもの発端では、イルカがなんとか伝えようとしたことが、悲劇的なほどこっけいに誤訳されました。地球の破壊が予定されていると伝えようとしたのに、「ボールを突いたり鳴いてみせたり、おいしい魚ほしさに愉快な曲芸を演じている」と間違って解釈されたのです。最後のメッセージすら、米国国歌を鳴き声で奏でながら、後方二回転宙返りで輪をくぐるという高度な曲芸、と誤解される始末。しかし、その本当の意味は「さようなら、いままで魚をありがとう」という寂しい別れの言葉でした。

 

映画『メッセージ』は、ここで紹介した作品すべてを合わせた以上の言語コミュニティに対する貢献を単独で果たしました。たとえご覧になった方の一部にとってであっても、この映画が通訳・翻訳という魅力的な仕事について考えるきっかけになってくれればと願っています。

 

[編集メモ:この記事は、2017年5月に投稿した内容に加筆・訂正したものです。ヴィジャヤラクシュミ・へグデよる元の記事はこちらからご覧いただけます。] [編集: MLS] [o/i]

 

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